ドラムでもピアノでも琵琶でも古い楽器というのに沢山仕事柄触れて来ました。で、必ずと言っていいほど「素晴らしいサウンド」なんですよね。(音響機材にソレを感じるかはまた別の感想を持ってますが)

なんででしょ?

まず良く言われるのは、当時の楽器の製造の技術や材が良かったのでは”なく”、一定の割合で存在していた「当たり個体」だけが残っている、という説です。いい音を出すから大切にされて残ってる、悪いモノは既にない。。。

これはほぼ間違いないことでしょうね。

ただ、古い楽器でも音楽室の倉庫の片隅に打ち捨てられてるようなモノはそんないい音がしない感じがしますがね。

あと、古い楽器がいい音である理由としてはこっちがデカイと思うんですけど、古い楽器のオーナーはそもそも「楽器を大切にしてるオーラが凄い」ってことです。

同じモノを食べてるのにやたら「美味しい美味しい」って態度に出して食べる人いますでしょ?

あぁいう感じのオーラが出てる。
だからさらに楽器が大切にされてる感も漂うし、本当にいい音なんだ感が二倍にも三倍にも増幅する。

いや、これでいいと思うんです。
これが楽器や音楽には最も大切なことの一つなんです。

不思議なのは「一切外見的な手入れをしてない(手垢だらけで拭かれてもいない)」のに、物凄くその楽器を大切にしてるオーラが出てる人もいるってとこですね。真逆の常にピカピカに拭いて仕舞ってる人もいますけどね。(笑)
見た目汚くても音は素晴らしいっていう。そうなってくるとさらに「すげーいい音オーラ」がまた漂ってきちゃう(笑)。イングヴェイなんてギターをぶん投げる程に大切にしてる感が凄いすからね(笑)

で、僕がデジタル楽器をあんまし好きになれないのは、特にソフトウェア音源が嫌いなのはそこですね。「大切にする」という概念と非常に相性が悪いんです。そりゃ「愛用」はみなさん大勢してるでしょうけれど。

デジタル楽器や音源てのは「死ぬまで使いたいし、死んでからも誰かに大切にしてもらいたい」みたいな感情を持つことにはかなり無理があります(俺は)。

メカ的な意味で故障したら直すのが非常に困難だし、ソフトウェアの場合ホストPCの状態やOSのバージョンとかでいつかは必ず「死ぬのが確定している」んですよ。

同じデジタル楽器でも初期のシンセサイザーとかDX-7とかあのへんのは「デジタルの発音原理だけど、オペレーションは限りなくアナログ」なので、そういう愛着がまだ湧きますがね。

結局音楽なんてのは人間が聴く為に存在してるし、感情に訴えかけるものなので「そういったサイドストーリーや見た目」って非常に大切なんですよね。

もちろん「そんなチンケな感情論はいらねぇ」って人も沢山いますけどね。

愛着といいますと、レコーディング作品にも言えるんですよ。

良く出来た感じの音楽だけども「各サビのフレーズはコピペ」ってのと全てちゃんと演奏されてるのでは愛着が違ってきます。
ちゃんと歌ったものと「修正された」モノでも違ってきます。愛着が。
「聴くたびに発見がある」なんて古い録音作品では良く言われますが、「コピペやん。全くニュアンス一緒じゃん」って気がついちゃったら愛着もクソも持てないですよ。

ま、僕はですけど。

もちろん「ワザとそういうアプローチを取ってる音楽」は別ですがね。

結局、楽器も音楽も残ってるものがいいってなっちゃうんですよ。

残していきたいものです。

101歳のフランスのヴィンテージピアノ。過去の何代にもわたるであろうオーナーたちの愛情が詰まっている感がすごい程にいい音がします。

101歳のフランスのヴィンテージピアノ。過去の何代にもわたるであろうオーナーたちの愛情が詰まっている感がすごい程にいい音がします。